かまぼこの一口知識13 「黒はんぺん」「豊橋ちくわ」

 今回は、東海地区の名産品である、静岡県を代表する「黒はんぺん」と、愛知県を代表する「豊橋ちくわ」について話します。


 黒はんぺん

 静岡県の中西部地域である焼津、静岡市を主産地とする特産品である。その歴史はかなり古く、江戸時代初期に徳川家に仕えていた戸田半平なる人物が考案したといわれており、この半平という名前がなまって〝はんべん=はんぺん〟となったと伝えられている。

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 また、江戸時代にイワシの豊漁があり、その処置に困って作り出されたとも伝えられている。主原料は、サバとイワシなどの赤身魚が中心に使われている。 その作り方は、凍結保存された赤身魚を解凍、頭と内臓を除去しミートチョッパーで砕肉した後、擂潰・調味を行う。半月型に成形した後に湯煮する。水晒しを行わないので製品の色が灰色をしており、足はやや弱くもろいが赤身魚特有の風味が強く残っている特徴がある。


 さらに、鉄分やカルシウムをはじめビタミンA、タウリンや赤身魚に含まれる不飽和脂肪酸であるDHAやEPAなどの栄養素を多く含んでいる。食べ方としては、そのままか、表面を焙った後にしょうが醤油で、衣をつけてフライにして食する。最近、地域おでんが大好評であるが、静岡おでんの具材として「黒はんぺん」は欠かせない存在である。



 豊橋ちくわ

 豊橋ちくわの発祥は、現ヤマサちくわの祖先である佐藤善作氏が天保年間(1830~1843)当時、魚問屋を営んでいたが、同業者と連れ立って四国の金毘羅詣での折に名物として売られていた「ちくわ」に魅せられ、また使用していた原料が、エソなど三河湾でも漁獲される原料であったことから、豊橋ちくわの製造を思い立ったと伝えられている。

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 ちくわが製造された当時は魚屋が兼業していたようで、明治維新当時でちくわ専業者は3軒程であったといわれている。 高級食品として料亭や宿屋の注文が中心で需要も少なかったが、ちくわの穴に塩を詰めた「塩ちくわ」を考案し、海産性の生鮮魚類が販売されていない信州に出荷したところ、塩抜きをして食すると風味があっておいしいと評判を博し、「吉田(現在の豊橋)ちくわ」と呼ばれ親しまれていた。


 豊橋ちくわの特徴は、現在、生食用ちくわとして多く見られる、両端が白く中央部に焼き色のついた、魚の旨味や風味の強い、甘みのあるちくわである。昔のことを知っている方の話を伝え聞いたところによると、現在のように甘口に変わったのは昭和5、6年頃に砂糖を入れるようになってからのことで、それ以前は塩味基調の製品だったようだ。


 使用原料は、古くは三河湾で漁獲されるエソ、カマス、シロハゼやクロハゼなどを原料としていたが、三河湾で捕れる魚の減少もあり、最近では、エソ、グチを主体として作られている。食べ方としては、そのまま丸かじり、わさびや生姜醤油をつけて食べる。生食用ちくわの原型ともいわれ、広く普及し類似の製品が全国各地で作られている。

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