新しきリーダー、出でよ

 東蒲組合の組合長人事が難航している。かつて、全蒲、全蒲青、そして東蒲のトップとして、日本のかまぼこ業界をリードした故金子喬一氏の「人生は駅伝だ。私は、自分の受け持つ区間を精一杯走るだけ」と、常々、話していたのを思い出す。  マラソンは、棄権するのも、途中で投げ出すのも、個人の自由で、その責任も成果も、すべて自分1人で完結できるが、駅伝は、違う。  受けたたすきを次の走者に引き渡さな…

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昭和を伝える「坂下マーケット」

 東京都板橋区の片隅に「坂下マーケット」という朽ちた建物の群落があり、写真のような看板が残っている。そこには「菓子類」「蒲鉾」「酒類」「食料品」「青果」「鮮魚」「精肉」の7業種が書き込まれている。買い物客で賑わったかつての夕暮れの風景が何となく想像できる。  我が家が、この場所に引越してきたのは、ちょうど30年前のことだ。その頃は、まだ、買い物籠を手にした主婦たちの姿がちらりほらりと見かけ…

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印象に残った2品の板かま

 ことしの品評会で、偶然、印象に残った製品が2品あった。見た目ではなく、食べて見て、「これはうまい」と率直に感じた印象だ。  もちろん、600点を超えるすべての製品を食べているわけではないので、たまたま口にした製品の中で、これはうまいと個人的に感じた製品だったという意味だ。  あえて、製品名をあげると、萩の大草章弘商店の「板魚」と千銀蒲鉾の「千銀」。いずれも焼抜きかまぼこだが、板魚は…

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いまも記憶に残る萬正彦次氏の「切り出し」

 金太郎飴のかまぼこ版。「切り出し」の技術を初めて見たのは、いつだったろうか。確か、仙台の品評会の時だったと思う。仙台では何度も全国蒲鉾品評会が開催されているが品評会ガイドを開いて調べてみると、昭和55年の第33回大会の会場でのことだったようだ。  JR仙台駅前の丸光デパートの7階か8階の催事場が会場だったと思う。何しろ、30年以上も前のことで、記憶もおぼろだが、大阪の萬正彦次さんが、会場…

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媚びない美味しさ

 先日、ある人から板かまぼこを頂いた。久々に魚の匂いがする香ばしい香りを嗅いだ。魚本来の味のするかまぼこに新鮮なショックを受けた。  手で板から引きちぎりながら、口に放り込む。上品に、庖丁で綺麗に切り分けるより、板にこびり付いた身を引き剥がし、ムシャムシャ、咀嚼する。手に魚の匂いが染みつく。頑固なまでに変わらない、主張するかまぼこを堪能した。  食べ終わっても手に染みついた魚の匂いは…

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グルメじゃなかった

 歳をとったせいだろうか。この頃、美味しいものを食べに出かける機会が少なくなった。若いころから、とりあえず、世間で最高と言われているものを1度だけでいいから、食べたいと躍起になっていた。  薄給のほとんどを食事に費やし、30歳の頃は、コートも持っていなかった。雪が降る寒い日でも、スーツ1枚で過ごした。そのスーツも裏地が破れ、ぼろが垂れ下がっていたほどだ。車も持たなかったし、旅行や、お洒落に…

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気が付けば周りにあったかまぼこ

 図らずも、永年にわたって、かまぼこ業界で、生きることになったが、自分自身と、かまぼことの初めての接点がどこにあったのか、振り返ってみると、8年前に死去した父から聞いた話を思い出す。昭和40年代頃までは、私の出身地の広島県呉周辺の町には、子供が生まれたとき、近所に、かまぼこを配る風習があったらしい。  「お前が生まれたときも、呉の本通にあったかまぼこ屋で、名前入りのかまぼこをつくっ…

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本物の蒲鉾に本物の日本酒を

 世の中デフレで、食品も価格のみで勝負といった流れが目立つ。大量生産・大量販売する大手メーカーは、それでも利益を捻出できるのだろうが、規模の小さいメーカーでは、そうもゆくまい。不特定多数の一般消費者を対象にするより、ターゲットを絞った客層への売り込みに力を入れたほうが効果的と思われる場合がないでもない。  先日もデパ地下のチーズ特設売場を覗いていると、若いカップルが、販売員から進められたチ…

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