青春の味2

 さて、注文したチキンカツの味である。その美味しさは、生涯忘れ得ぬ強烈な味として深く脳裏に刻み込まれている。衣がサクサクで、香ばしく上にかかった自家製ソースと相まって旨味たっぷりの一皿で実に感動的な美味しさだった。

 付け合わせのポテトサラダも滋味に富んだ逸品で、鶏肉の美味しさをさらに引き立てた。値段はライス付きで1000円を少し超えていたと記憶する。学食のA定食が120円、月見そばが80円くらいで提供されていたから、かなりの高級なメニューだった。

 月に1度、故郷からの仕送りが届くと、そのチキンカツを食べるのが、質素な学生生活の中で、唯一の贅沢。そんな楽しみが半年ばかりも続いたろうか、ある時、訪ねた店先から、サバランの看板が消えていた。あの時は、かなりの喪失感を覚えたと思う。

 その後、日本各地で、いろいろな食堂やレストランで、チキンカツを注文してきたが、サバランと同じように美味しい味に二度と出会うことはなかった。諦めにも似た気持ちもあって、いつしか、チキンカツそのものを注文することはなくなった。以来、渋谷のサバランのチキンカツは、忘れ得ぬ青春の味となって長い間、私の記憶の奥底に残されることになった。
 
 それから10数年が流れて…。
 
 私は山手線の田町にあった、とある小さな新聞社に職を得ることになった。原稿執筆の合間に、近所の店で昼食をとるのが常だったが、そんなある日、少し足を伸ばして芝浦の海岸通り近くにある「キクヤ」レストランという古い洋食屋に行ったとき、メニューにチキンカツを見つけ、つい頼んでみた。

 運ばれてきたチキンカツを一切れ、口にした途端、サバランのチキンカツと同じ味がすることに驚いた。衣のサクサク感、立ち上る香ばしい香り、噛みしめる度に学生時代の思い出が加わり、美味しさが倍増するかのように感じた。

 仕事に追われる日々の中で、忘れ去っていた若き日々の思い出や友人たちが、次々に蘇ってきたのである。食べ物は、流行歌にも似て、一瞬にしてその時代に引き戻してくれる力があるんだなと感じる。今でも時々、もう一度、あのサバランのチキンカツを食べてみたいと思う。


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