かまぼこひと口知識10 小田原かまぼこ

 前回に引き続き、各地の名産かまぼこについて話すこととします。今回は、小田原かまぼことなると巻について話します。


 小田原かまぼこ:小田原蒲鉾の始まりは明らかではありませんが、今から200年以前の天明年間から小田原かまぼこが作られていたようです。当時の小田原かまぼこは、東海道を旅する人々に利用されており、相模湾で漁獲されるギス(オキギス)を主体に、トラギス、ムツ、イサキなどが原料として用いられていた。ところが、明治以降の相模湾の資源量の減少から原料不足となり、一時は小田原かまぼこ消滅の危機まで行ったが、明治期に盛んとなった以西底引き漁によるシログチの豊漁により事なきを得ている。それまでの主原料ギスは、道南以南に分布し、陸棚から1000mの深海まで生息している魚類である(図参照)。

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 また、ギスは、かまぼこにとっては最高級の原料とされ、水晒しをしなくとも色は白く、しなやかな弾力を作り出す、小田原かまぼこにはもってこいの原料であった。ところが、相模湾の漁獲がほとんど無くなった事から、魚場の遠いシログチを遠路はるばる鉄道輸送してくるため、小田原に到着したころには決して鮮度が良いとは言えず、臭いなどの不純物を水晒により取り除く必要があった。幸いなことに小田原の水は水晒に最適の水質であったことから、存分に水さらしを行うことが可能で、シログチでも透明感のあるしなやかな弾力を作ることができた。このころから、魚肉を水晒する技術は発達し、全国に広まった。小田原かまぼこの特徴は、山高に盛られ、透明感のある形態と粘りの強いしなやかな弾力にある。小田原かまぼこの最もポピュラーな食べ方は、もちろん「板わさ」である。


 なると巻:こちらも起源ははっきりしないが、1846年(弘化3年)に版行された蒟蒻百珍(こんにゃくひゃくちん:1846年版)に名前が登場している。切り口を見た感じが、鳴門のうずに見えることから、なると巻と呼ぶようになったといわれている。古くはグチや近海の白身魚を使用していたが、現在ではスケトウダラが主に使用されている。


 製法の概略は、調味すり身を棒状に成形し(白い身に赤い身を重ねて巻き上げる)、これをすだれの上において温湯に入れて表面を固めた後、すだれを巻きつけて茹で上げる。(現在では、日持ちの観点から、蒸して作る場合が多い。)すだれを取ると、中に渦の入ったなると巻となる。ラーメンやチャーハンの具材として、またおでんなどにも使用される。以前は、静岡県焼津で %以上が製造されていたが、現在では、他地域で製造されるようにもなっている。また、他地域を見ると、なると巻と同じような形態のものはあるが、巴巻などと呼ばれ、なると巻と呼ばれているのは、焼津地域で作られたものだけである。


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