思い出の寿山隆一さん

画像


 全国蒲鉾連合会から、島根県の寿隆蒲鉾の代表者が代わったらしいと連絡を受けたのは、つい最近のことだ。理由は、代表者死亡のため。トビウオを原料に、地方色豊かな野焼きや、かまぼこを製造する山陰地方を代表する企業の代表者で同地区の組合長を長い間、務めていた寿山隆一さんの面影を、思わず思い浮かべていた。
 

 いつも柔和で、素朴で、ニコニコと笑顔を絶やさなかった寿山さん。全蒲理事会などで顔を合わせると「よお」と、気さくに声をかけていただいた。平成14年に死去した全蒲の第5代会長の東野義次さんとともに、顔を合わせれば、ちょっと下ネタがらみの冗談を交わしながら、肩を叩き合って再会を喜んだものだ。
 

 お年の割りに、お元気で、全蒲が毎年、実施している海外旅行には、いつも参加しておられた。中でも印象に残っているのは、パリのオペラ座前のキャッフェで、福岡県古賀市のくまや蒲鉾の上田和信さんと3人で一休みしたときだ。
 

 回りをきょろきょろ見回しながら寿山さんが、頼んだオレンジジュースを飲みながら「やっぱり、フランスのジュースは美味しいな」と、いやに感心していた。その後、エッフェル塔近くにあったホテルまで、タクシーで帰ると言い張るのを押しとどめ、地下鉄に乗るよう、少し強引にさそって、電車に乗ったまではよかったが、降りる駅を2駅間違ってしまい、かなりの距離を歩かせてしまった。「すみませんでしたね」と謝ると、「いやいや、少し疲れたが、面白い体験だった」と、ぜいぜい肩で息をしながら人の良い笑顔を浮かべていた。
 

 平成7年に松江で第48回全国蒲鉾品評会を開催に導いた功労者でもあった。お名前は、失念したが、市役所の観光課の職員の方と、前々年の仙台の品評会の理事会の席上で「来年の富山の次は、ぜひ、島根の松江で開催させていただきたい」と、力強い宣言を行ったことも強烈な思い出だ。
 

 全蒲でも世代交代が相次ぎ、ここしばらく、お顔を拝見することがなかったことをあらためて思い出した。亡くなったのは、去年の秋のことで、ご子息の裕朗氏に代表の席を譲ったのは、それより前のことだったという。全蒲の海外視察といえば、必ず、思い浮かべる1人が寿山さんだった。きっと、あちらでも、あの人懐っこい笑顔で、飄々と過ごされていることだろう。                            合掌。







ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント


この記事へのトラックバック