厳しい選択の時代

 先日、神楽坂の街を散歩していたら、人の輪ができている。何かと、近づくと、お客さん各自の要望に合わせて、目の前でデザートを作り上げる店で、テレビでも大きく取り上げられ、大人気なんだそうだ。
 

 そこで、30年以上前の出来事を思い出した。故金子喬一さん(佃權前社長)が組合長をしていた時代だったが、東京・数寄屋橋のある和食店で、東京蒲鉾組合の役員合同会議が開かれた。
 

 宴もたけなわの頃、酔った勢いで、金子さんに「さつま揚げも、握り寿司のように、お客さんの注文を受けてから揚げたら受けるんじゃないですか」と素人の立場を省みず提案したことがある。

 金子さんは、真顔になって、「どうだい。今の意見は?」と近くにいた2、3人に話を持ちかけたが「う~ん」と消極的な反応。

 業を煮やした金子さんは、にわかに、立ち上がると「今、寿司屋のように、客の注文を受けて揚げるというアイデアがでたが、皆さんの意見はどうだろうか」。

 その時の出席者の反応は「やってやれないことはないが…」「駄目駄目、素人が考えそうなことだよ」等々、否定的な声の中に、この提案は消えていった。
 
 そんな成行きを理由もよくわからないまま、「やはり、素人が思いつくようなやり方は駄目なんだなあ」と、自分を納得させたものだ。
 

 ところが、つい最近、さつまあげの本場・鹿児島に行ってみると、あの時、東京で否定された方式が、ごくごく当たり前に営まれていた。

 鹿児島市内の繁華街・天文館に店を構える「揚立屋」では、親子連れや若いカップルが、ショーケースの中に陳列された「レンコン」「ニンジン」「きくらげ」「たまねぎ」「ムキエビ・たまねぎ」などのタネをみなから、注文を入れている。その都度、ガラス越しに見える調理場で、若い女性調理人が、タネを揚げている。同店は、市内に8店を構える繁盛店だ。


 その時、思ったのは「あれ? やってやれないことはないんだ」と。「駄目駄目」と即座に却下した、あの時の出席者は、ただ面倒くさかっただけにすぎなかったんだと気がついた。「作れば売れる」というかつての状況から比較すると陰りは見えていたものの、まだまだ、かまぼこは十分に売れていたということなんだろう。

 当時は、マックも、牛丼屋も、ピザ屋も、回転すしも、そしてコンビニのおでんも、その存在は、まだまだ小さかった。今、手間暇かけない食品など、誰にも振り向いてもらえない。そんな気がする。


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          揚立屋の厨房








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